私がオーストラリア移住で後悔した4つのこと。そして日本に帰国した。

ワーキングホリデービザをはじめ、学生ビザや配偶者ビザでオーストラリアに移住する日本人が増えているオーストラリア。

私は高校卒業後、正規大学生としてオーストラリアに4年ほど移住しました。

当時外国に住むことに憧れがあった私は、海外で仕事をし、永住することに憧れていました。英語のテストを受け、大学に無事入学できたときはとても嬉しかったです。

私がオーストラリア移住で後悔した4つのこと

もちろん楽しい経験は沢山あったのですが、やはり知っておけばよかったと思うことも多く、今回は私自身の経験を踏まえて「オーストラリア移住で後悔した4つのこと」を紹介します。

「海外大学で卒業し、日本の就職に出遅れた」

オーストラリアの大学は入学時期が年に2,3回あります。私は6月に入学し、3年半後の10月に卒業しました。

オーストラリアから帰国をすると、周りの皆はもう就職を終えて内定取得済み。

そんな中私は就職活動の方法も知らずに、手探りで仕事を探していくしかありませんでした。経験や英語力が強みになるはずが、スタートで出遅れてしまったのです。

また、海外大学に進学した日本人の中でよく話題にあがるのが、「新卒」という日本独特のくくりです。オーストラリアでは経験やスキルがあり、会社の率先力となって働いてくれる人材が好まれます。その一方で、トレーニングにお金と時間をかける日本の企業は、会社の色に染まりやすいフレッシュな卒業生を好みます。

オーストラリアで学位を取得すると、その後卒業ビザというものを取得することが出来ます。多くの人はこの卒業ビザを取得し、卒業後18ヶ月オーストラリアにいることがあるのですが、その後日本に帰国してみたら、「新卒」という扱いをしてもらえず、なかなか採用してもらえなかった、という話をよく聞きます。せっかくの卒業ビザで長くオーストラリアに住めるチャンスを、日本で新卒として就職するために諦めて帰国する学生も少なくありません。

今海外移住中で日本での就職を考えている方は、海外在住中にできることも沢山あります。例えばシドニーでは日本の企業が集まるキャリアフェアが年に1回開かれ、オーストラリア内で日本の企業様から内定をもらえたり、中にはSkypeで面接をしてくれる企業も今では増えています。計画を立てていけば焦る必要はないでしょう。

「ビザの法律変更の可能性に不安、そして永住ビザ取得が難航し帰国」

結論から言って、オーストラリアの永住権取得は不可能ではありませんが、とても難しいです。

私は大学中に頑張って現地の会社で仕事を見つければ、ワークビザを取って、その後数年働いてめでたく永住!なんて想像していましたが、それはもう昔の話でした。今の現実はもっとシビアです。

私は現地のオーストラリア人が経営している旅行会社で採用して頂き、大学の間アルバイトスタッフとして働いていました。そのまま卒業後はここで働かないかとオファーを頂きましたが、旅行会社は今現在、ワークビザの職業リストに載っていない職業なんです。なので会社側は、雇いたい人がいてもビザのサポートすらすることが出来ない状況でした。

配偶者ビザを除き、永住権を取るためにはワークビザで数年働くのが基本的な流れですが、オーストラリア政府が提示する職業リストに載っている職業でないと、そもそもワークビザが取れません。この職業リストも今現在オーストラリアで足りていない職業のリストなので、時代によって変わって行くのも注意するところです。

このビザの職業リストが時代によって変わるように、ビザの条件や法律の変更は割と多く、私はそこに不安を覚えました。例えば今はシェフ部門でワークビザが取れるので、ワークビザでシェフとして数年働いて、永住に繋げる人も少なくありません。そこで日本人で永住を狙う人の中で最近多く見られるのは寿司トレイン(オーストラリア全国に広がる日本人経営の回転寿司屋)で寿司シェフとして数年働いて、永住に繋げるパターンです。

ですが、もともとは旅行会社などでも申請できたワークビザ。それが今では廃止されています。なので、例えば寿司職人として4年半働いて、あと少しで永住申請というところで、シェフというポジションが申請できるリストから外れてしまったとしましょう。その4年半が無駄になって帰国。なんてパターンも想像してしまいます。

レストランマネージャーもそのパターンの一つです。数年前まではレストランマネージャーとして永住権を取ることが出来ていましたが、ビザの法律が変わり、今の時点では不可能となっています。

このビザの法律が変わるかもしれないリスク、それを考えると永住を狙って数年費やすのも、良く考えて決めた方がよさそうです。このような理由から、移住して英語も流暢で、仕事も見つかって、それでも永住できずに帰国する人はまだまだ沢山います。

「価値観が変わりすぎて日本に帰ってくるたびに住みずらい」

私は合計で4年ほどオーストラリアに移住し、今もお仕事の関係で年に2.3回はオーストラリアに飛ぶことがあります。

オーストラリアは移民の国とも呼ばれ、様々な言語を話す人、様々な髪や肌の色を持った人、そして様々な価値観が存在します。その文化や価値観の違いになれてしまい、日本に帰ってくると、時々住みずらさを感じます。

仕事のスタイルの違いや、上下関係、出かけるときの服装でさえ、日本は少し面倒だなと感じます。多様な考えが受け入れられずらい、ステレオタイプが強い国、といえば良いでしょうか。

これは少し極端な例ですが、私は日に焼けるのが好きで、小麦色の肌をしています。以前日本に帰国してコスメのお店に入ったところ、「焼けちゃったんですね~。この化粧水を使うと美白になるので頑張りましょうね!」と、美白になりたいと一言も言っていないのに美白になるためのアドバイスを受けたことがあります。これは、日本では誰もが白い肌を手に入れたいというイメージが強いからですよね。こういう固定観念の強さは日本独特のものだと感じます。

海外移住する前は当たり前で気づかなかったけど、日本は「女性はこうすべきだ」とか、「男は男らしく」とか、「母親なんだからこれが当たり前」という、暗黙の了解が多い気がします。その当たり前がプレッシャーをつくり、日本の住みずらさを感じさせるんだと思います。

日本では大学卒業までに就職が決まらなければ就職難民と呼ばれますが、オーストラリアでは、大学を卒業して、一年間旅行して、就職する人もいます。母親だって子供をベビーシッターに預けて遊びに行くし、とにかく周りがとやかく言いません。共通認識やステレオタイプの少ないオーストラリアで生活に慣れてしまうと、日本での生活は少し窮屈に感じる人も多いのではないでしょうか。

ビザの申請中だったことで、緊急帰国が難しい。

ワーキングホリデービザから学生ビザに変更するときや、学生ビザを延長するときなどに、ブリッジングビザと呼ばれるビザが発給されます。ブリッジングビザは、もともと持っていたビザの期間が切れてから新しいビザが下りるまでの間に合法的に国に滞在できる、いわゆる橋渡しのビザです。ブリッジングビザにも様々な種類がありますが、基本的にビザの更新などでは、ブリッジングビザAというものが発給されます。このブリッジングビザAの間は原則国から出られず、そのままオーストラリアを出国してしまうと、オーストラリアに戻ってくることが出来ません。

ブリッジングビザAで滞在中にオーストラリアを出たい場合は移民局に行ってブリッジングビザBをもらわないといけません。申請料は70ドルほどで、よっぽどの理由が無い限り拒否されることはありませんが、緊急で帰国したいときに移民局に行って手続きをして、という手間は辛いものがあります。

これは幸いなことに私が実際に経験したことではありませんが、私の周りではワーキングホリデーのセカンドビザを申請し、ブリッジングビザAで滞在していたところ、親戚の不幸があり、すぐにお葬式のために帰国したかったけど、土日がかさなり移民局が開いておらず、結局ブリッジングビザBに変える手続きを諦め、帰国した人がいました。

私がオーストラリアから帰国した理由

以上の4点が、私が知っていればよかったと思う、移住して後悔したことです。

ただ、海外移住は、永住することだけがゴールではありません。私は旅行に関わる仕事がしたかったため、永住ビザのためだけに職業リストに載っている仕事をするつもりは全くありませんでした。つまり現状ではワークビザが取れない、永住権を取れる可能性は低いと思い、日本に帰国しました。

しかし、私は海外移住を経験したことで、様々な価値観や文化に出会い、今のライフスタイルがあると思っています。

今私が勤めている旅行会社では、本社をオーストラリアに置いていることから、年に2回ほどオーストラリア出張があり、実質1年の3分の1ほどはオーストラリアで過ごしています。海外のライフスタイルを重視した会社で、午後4時にはきっかり仕事が終わり、フリーランスのライター・翻訳家も自由にやらせてもらえています。

日本でオーストラリア人のボスやスタッフと共に働くというライフスタイルがとても楽しく今は幸せです。

何よりビザの心配がいりませんしね。このお仕事に就けたきっかけも、オーストラリアにいる間に出会った人たちです。きちんとした知識を持って行動することで、移住生活はとても価値のあるものになります。